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東京地方裁判所 平成5年(ワ)3324号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

樋口光善

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤亮一

被告

乙山春男

右二名訴訟代理人弁護士

林國男

鳥飼重和

舟木亮一

主文

一  被告株式会社新潮社は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社新潮社に対するその余の請求及び被告乙山春男に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社新潮社との間においては、これを一〇〇分し、その一を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、また、原告と被告乙山春男との間においては、原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、各自、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞各全国版の社会面の下段に別紙一記載の謝罪文を一回掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、当時建設政務次官の職にあった原告が、債権者からの破産の申立てを受けたことに関連して、被告株式会社新潮社発行の「週刊新潮」に「破産・代議士」の見出しで掲載された記事等によって名誉を毀損されたとして、同被告及び右記事中にコメントを寄せた被告乙山春男に対し、謝罪広告及び損害賠償を求めるものである(遅延損害金の起算日は、最後に訴状が送達された日の翌日)。

一  前提となる事実(証拠により認定した事実は、末尾に当該証拠を摘示した。)

1  原告は昭和四〇年大蔵省に入省して昭和五七年八月に退官した後、昭和五八年一二月、昭和六一年七月、平成二年二月の衆議院議員選挙に和歌山県二区から立候補していずれも当選し、その間、平成二年二月に農林水産政務次官、平成四年一二月に建設政務次官にそれぞれ就任していた者である(甲三)。

2  被告株式会社新潮社(以下「被告会社」という。)は、週刊誌「週刊新潮」及び「フォーカス」を編集発行しているものである。

3  被告乙山春男(以下「被告乙山」という。)は、政治評論家である(証人中田)。

4  原告は、平成二年四月ころ、その後援者である貴金属店経営者訴外A(以下「A」という。)が訴外株式会社B(以下「B」という。)から五億五〇〇〇万円の融資を受けるにあたって同女をBに紹介した上、連帯保証人となったが、平成三年一〇月にA経営の貴金属店が倒産し、Aも失踪したため、Bから保証債務の履行を求められるようになった。これに対して原告の代理人なる者がBと交渉し、一旦は債務弁済契約を成立させたが、最終的に、原告は、右契約がBの強迫によるものとしてその効力を争うとともに、保証債務の履行を拒絶した。そこで、Bは、平成四年四月ころ、原告の議員歳費や事務所内の動産の差押えを行い、さらに、平成五年一月までに、和歌山地方裁判所田辺支部に対し、原告の破産を申し立てるに至った。

5  被告会社は、以下の週刊新潮及びフォーカスの各号において、要旨以下の原告が名誉毀損箇所として指摘する内容を含む記事を掲載して発行し、また、週刊新潮については、以下の見出しを内容とする別紙二及び三記載の広告の掲載を行った(以下、引用するときは本件記事一見出し、本文①のように表示する。)

(一) 週刊新潮平成五年二月一一日号TEMPO欄記事(同年二月四日発行。以下「本件記事一」という。)

(1) 見出し「『破産・代議士』甲野太郎氏のそれでも『政務次官』」

(2) 本文① 被告乙山の話として「利権がらみの話で、よく名前が取沙汰される。まだ当選三回なのに、いくつも事務所を持ち、大勢の秘書を抱えている。そんなカネ、普通では作れるわけがない。彼は大蔵省のエリート官僚出身だが、政治理念よりカネが先行しているという印象をうけます。こういう人物が、建設政務次官などという地位を占めることは許されませんよ」との記事

本文② 「政務次官は幹事長人事で、今回は反梶山派排除を露骨にやり、かなりもめた。そのドサクサに甲野氏が強引さを発揮、利権ポストをもぎとったといわれています。歳費まで差し押さえられたうえ、地元の和歌山二区は減員区だし、危機感にかられたようです」

本文③ 「政務次官就任も債務問題と直結したわけか」

(二) 右「週刊新潮」平成五年二月一一日号の新聞及び電車の中吊り広告

別紙二のとおり

(三) フォーカス平成五年二月一二日号記事(同年二月五日発行。以下「本件記事二」という。」)

(1) 見出し① 「甲野代議士の『借金5億円』で次官になる『実力』」

見出し② (小見出し)「歳費差押えの次は『破産宣告』?」

(2) 本文① 「トラブルがらみ」

本文② 「ありゃあ、政治家じゃなくて、議員バッジをつけた商売人」

本文③ 「甲野が次官になったのは、温情ですな。減員区なのに、悪い話しばかりじゃ、選挙を戦えんからね」

本文④ 「今回の申立てを予想して、財産の名義を他人に換えただけでしょう。」

本文⑤ 「いずれにしても、政務次官に、こんな『実力者』がなっているのだ。」

(四) 週刊新潮平成五年三月一一日号特集記事(同年三月四日発行。(以下「本件記事三」という。)

(1) 見出し① 「『甲野』政務次官の名誉毀損『訴訟』は自爆」

見出し② (リード部分)「政務次官といえば省庁では大臣に次ぐポスト。その職にある者が歳費や家財道具を差し押さえられ、破産宣告の申立てをされたとなれば、道義的にもその資格が問われるのは当然だろう。(にもかかわらず、甲野太郎建設政務次官は)それを報じた本紙記事を名誉毀損だとして訴えた。(だが、)名誉毀損と言うなら、いやしくも代議士である甲野氏が破産宣告の申立てを受けたこと自体が、自らの名誉を傷つけたのではないのか。」

(2) 原告の正面写真と右週刊新潮平成五年二月一一日号の本件記事一の一部の縮小コピー

(3) 本文① 「(本件記事一は)そのような人物が政務次官として相応しいかどうか、指摘したものである。」

本文② 「(われわれが問題にしているのは、まさにその『政務次官の資格』であり)政治改革が叫ばれているなかで『政治家の倫理』がいっこうに省みられていない点なのである。」

本文③ 「(Aに対しては)代議士の支持者というだけでは理解しがたいほどの便宜を図ったようにも思える。」

本丈④ (小見出し及び本文)「全く男らしくない」

本文⑤ 「テレビや冷蔵庫に赤紙を貼られていることは、国権の最高機関の一員である者にとっては名誉なことであるまい。」

本文⑥ 「自宅に赤紙を貼られても、法的に決着がついていないからと道義的責任すらも回避してしまう。そうした姿勢は、甲野氏自身が自らの名誉と信頼を傷つけているとしかいえないのである。」

本文⑦ 「地元では次官就任を最大限PRしていくつもりのようです」

本文⑧ 「破産の申立てを受けたと言うのは駄目だな。」「政治家が民事上のルールに外れるようではまずい。」

本文⑨ 「債務問題について釈明もなく、政務次官就任だけを強調する甲野代議士。秦野氏が指摘する一般市民と政治家の基準の違いを理解していないように思えるのだ。」

本文⑩ 「甲野代議士の問題は国会でも取り上げるべきでしょう」

本文⑪ 「甲野君もいろいろ噂のある人だ(が)」

本文⑫ 「政治改革を最優先課題として取り組むと公言した宮沢首相。政治倫理という点はいささか問題のある人物を政務次官に就任させた。この責任は極めて重いと言わざるを得ない。」

本文⑬ 「佐川事件で国民が怒りを覚えたのは、法律に抵触しないという理由で政治家たちが逃げきったことである。」

本文⑭ 「法廷で決着がつくまで責任を取る必要はないとする甲野政務次官の姿勢は、彼らと同じではないか。自らの非は棚に上げて名誉毀損で訴えたことは、甲野氏の“自爆”につながりかねない。」

(五) 右週刊新潮平成五年三月一一日号の新聞広告及び中吊り広告

別紙三のとおり

6  右5の週刊新潮及びフォーカスが発行された平成五年二月ないし三月当時は、その年内には衆議院が解散されて総選挙になるともいわれており、原告の選挙区である和歌山二区は、定数が三人から二人に減少される選挙区であり、従前原告を含む自民党主党(以下「自民党」という。)選出の衆議院議員が三名当選していたため、その中から一名が落選することになることが予想される選挙区であった。

原告は、同年七月施行の衆議院選挙で落選した。

二  争点

本件の争点は、1本件各記事中、右摘示された部分及び右各広告の記載が原告の名誉を毀損するか、2右記事等の公共性、公益性、3右各記事摘示事実の真実性ないし真実であると信じたことについての相当性及び4本件各記事中論評を内容とする部分は公正な論評として不法行為責任が免責されるかである。

(原告の主張)

1 本件記事一及びその広告による名誉毀損

本件記事一及びその広告における「『破産・代議士』甲野太郎氏のそれでも『政務次官』」との見出しは、原告が既に破産宣告を受けているように誤解されるおそれのあるものである。

また、本文においては、前記のとおり政治評論家である被告乙山の談として本文①を、更に原告が建設政務次官に就任した際の事情を自民党担当記者の談と称して本文②を記載し、その後に本文③で「政務次官就任も債務問題と直結したわけか。」と結論付けて締めくくるものであるが、右①及び②は事実に反し、また、③については政務次官就任と債務問題とは全く関係がなく、本件記事一は、これらが関係あるかのようにいう悪意のある文章であり、原告にとって不名誉極まりなく、その信用を失墜させるものである。

2 本件記事二による名誉毀損

本件記事二は、「甲野代議士の『借金五億円』でも次官になる『実力』」との大見出し、「歳費差押えの次は『破産宣告』?」との小見出しに続き、新聞で原告の名前をみかけるのは「トラブルがらみ」(本文①)のことであるとした上、本文②ないし④に続いて「いずれにしても、政務次官に、こんな『実力者』がなっているのだ。」(本文⑤)とするもので、原告の名誉を著しく毀損するものである。

また、本件記事二は、原告の身体全体及びAの顔の写真を大きく載せており、あたかもAが原告の愛人でもあるかのように誤解させる報道である。

3 本件記事三及びその広告による名誉毀損

本件記事三は、原告が本訴を提起したことへの意趣返しとしての原告の特集記事であり、「『甲野』政務次官の名誉毀損『訴訟』は自爆」との特大の活字による見出しのもと、原告代理人のコメントと本件訴状を引用する部分を除く殆ど全部が原告を誹謗し、その名誉を毀損する内容となっており、当該号の広告も同様である。

本件記事三及びその広告のうち特に原告の名誉を毀損する部分は前記一の5(四)に記載のとおりである。

右のとおり、本件記事三は、原告とBとの間の紛争と全く関係のない佐川事件に言及した上で、発行当時未だ第一回口頭弁論期日の指定すらなされていなかった本件訴訟において、原告が敗訴しかねないというものであるが、これは、憲法で保障されている原告の裁判を受ける権利を侵害し、司法の独立も犯すものである。訴訟における権利義務の存否、当否は裁判所が専権で判断すべきことであって利害関係のある相手方の出版社などが「自爆」などと勝手に報復のために掲載し、一般読者に予断と偏見を抱かせ、原告の身分、地位、人格について不利益かつ悪意の感情を抱かせることは許されないことである。

4 被告らの主張に対する反論

被告らが原告について本件各記事を掲載したのは、公益の目的などではなくて営利追及のため一冊でも多く週刊誌を売らんがためであり、特に本件訴訟を提起した後にこれに対する報復として更に原告誹謗の特集記事である本件記事三を掲載したことは悪質である。

5 損害について

週刊新潮は、全国で八〇万部発売され、これを購入するなどして記事を読む人は極めて多く、また、その広告だけを目にする人は読者の人数をはるかにしのぐものがある。これに掲載された本件記事一及び三とこれらの広告は、フォーカスに掲載された本件記事二ともども、一般大衆や原告の選挙民をして、原告が既に破産宣告を受けており、あるいは、原告に政務次官としての資格がないかのごとくに誤解させかねないものであり、現に、本件各記事が公にされた後、原告に対し、悪感情を抱き、人格を蔑視し、不当に評価して偏頗な見方をする人も出てきた。

そこで、原告は、本件各記事公表当時、政務次官という激職にあったが、本件各記事の内容を否定するため、毎週土曜、日曜日に選挙区に戻り、後援会員等に弁明する説明会を何回も行うという状態となった。

原告は、地元和歌山県では有権者多数に多大の期待を持たれていた政治家として衆議院議員を三期連続して当選し、その間に政務次官を二度務め、次は大臣候補と目されていたのであるが、本件各記事が掲載されたことにより悪質な誹謗がなされ、平成五年七月に行われた衆議院総選挙の際には、対立候補者側に本件各記事について尾ひれをつけられ、あるいは、故意に事実を歪曲されて宣伝され、その結果、原告は右衆議院選挙でついに落選してしまったのである。もし被告が本件各記事を掲載しなければ、原告は落選しなかったはずである。

原告は、本件記事を掲載されたため多大の迷惑と損害を被り、名誉を毀損され、生涯消すことのできない恥辱を受けたのであり、その精神的肉体的苦痛を金銭に換算するのは到底できるものではないが、最低限一億円の損害は被っている。

(被告らの主張)

1 本件記事一ないし三並びに本件記事一及び三の各広告(以下総称して「本件記事等」という。)は、事実に基づく相当な批判であり、原告の名誉を毀損しない。

(一) 本件記事一及び二について

本件記事一及び二は、原告の以下の事実及びこれに対する批判を内容とする記事である。

平成二年四月、宝石店「C」を経営するAが和歌山駅前に自社ビルを建てるに際して、Bから五億五〇〇〇万円の融資を受けたが、その際、原告が右債務につき連帯保証人となった。「C」は平成三年一〇月に倒産し、Aは失踪し行方不明となった。そこで原告は、Bに対し、利子を含めて五億四〇〇〇万円の保証債務を負担することになったが、平成三年一二月、B側の弁護士が原告との交渉を開始し、その結果、原告は、債務額を五億円に減額した上で、平成四年一月から三月にかけて、一、二月に一〇〇〇万円ずつ、三月に残額を支払うこととなった。しかし、原告は、一、二月分の合計二〇〇〇万は支払ったものの、三月末の四億八〇〇〇万円の支払いをしなかった。そこで、B側は、平成四年四月強制執行手続きをし、原告の議員歳費と都内の事務所、和歌山県新宮市内の原告自宅兼事務所など計四か所の家財道具を差し押え、さらに、平成五年一月に破産宣言の申立てを行った。

原告は、B側の右法的手続に対抗して、債務不存在確認訴訟及び請求異議訴訟を提起した。

本件記事一本文①及び②は、原告の政治活動と建設政務次官就任に対する批判である。

右批判に、取材記者が、B側代理人である野本俊輔弁護士、原告側代理人である樋口光善弁護士から取材して得た事実と原告が破産申立てを受けた事実を加えて、本件記事一見出し及び本文③の執筆記者の批判となるのである。

被告が原告の債務問題及び破産申立事件を、本件記事一及び二において報道したのは、国民の立場からの事実の報道、事実に基づく批判が目的であって、その報道、批判が悪意に基づく個人攻撃でなく、事実が真実であり、批判が事実に基づく相当なものである場合は、名誉毀損に該当しないというべきである。

(二) 本件記事三について

本件記事三は、その見出しで明らかなように、原告が、本件記事一において国会議員、政治家の倫理問題を指摘した被告の観点への無理解から本訴提起に及んだことへの批判であり、いずれも批判として相当なものである。

(三) 国会議員及び政治家は、政治活動に伴う政治資金のみならず、一般資産の状況等が国民の不断の監視と批判の下に置かれることを義務づけられているのであり、原告は、その資産状況ないしは破産申立てを受けたことについての批判を甘受すべきである。

むしろ、政治倫理の確立が民主政治の健全な発達に寄与することを考えれば、本件記事一ないし三は、報道機関として許容される批判というより、要請される批判ということができる。

そして、本件記事一及び三の各広告は、本件記事一及び三が名誉毀損に該当しない以上、同じく名誉毀損に該当しない。

2 名誉毀損の違法性阻却または免責

仮に、本件記事等が原告の名誉を毀損することがあるとしても、これは以下のとおり、公共の利害に関する事項について、専ら公共の利益を図る目的でなされた報道であり、その内容をなす事実は真実であるか、そうでないとしても、十分な取材に基づいて書かれたものであるから、真実と信じるにつき相当の理由がある。したがって、これらは違法性を欠くか、免責性を有する。

また、本件記事等のうち、論評にかかる部分は、真実に基づき、一般に行われるような評価をしたものであるから、公正な論評であって、違法ではない。

(一) 公共性及び公益性について

本件記事等は、国会議員及び政治家である原告の政治活動及び原告に対する破産申立てという公共の利害に関する事項についての報道であり、その問うところは、政務次官の資格であり、政治倫理のあるべき姿であるから、専ら公益を図る目的に出たものであるというべきである。

(二) 真実性について

(1) 本件記事一の本文のうち、

① 「いくつも事務所を持ち、大勢の秘書を抱えている」との部分について、国会議員は、普通二人の公費負担の秘書のほか一〇人程度の秘書を抱えており、閣僚クラスでも秘書の数はせいぜい三〇人といわれているが、原告には、国会議員初当選以来五〇人以上の秘書がおり、事務所も地元和歌山のほか、東京、大阪、名古屋と計一〇か所以上、秘書の給料だけで月に一〇〇〇万円を軽くオーバーしてしまうという状態である。原告も、他誌においては、この事実を認めている。

「利権がらみの話しで、よく名前が取沙汰される」「政治理念よりカネが先行している」との部分について、既に、フライデー平成二年六月一日号は、「ニッポン国『金満』政治家列伝」と題する短期連載記事の中で原告を取り上げ、「政界No.2の所得!『暴れん坊将軍』三回生の荒稼ぎ」との見出しの下、原告の平成元年度の所得税額が一億二四四一万円で、全国会議員中第二位であり、政治資金も多額であることを報じていた。また、原告には、政治家のほかに実業家としてのもう一つの顔があり、国際貿易金融株式会社、株式会社テンプル・ニッポン等九社を設立しており、米大日本校の草分け的存在であるテンプル大学JAPANの総長兼理事長の職も、大学側と経済的、教育的見解の相克が原因で辞任した平成四年四月まで務めていたこともあった。さらに、原告は、いわゆる明電工事件に関連して、明電工の実質的オーナーである訴外D(昭和六三年六月所得税法違反で逮捕)から、脱税のもみ消し工作として総額約二〇〇〇万円のヤミ献金を受け取ったと、新聞に大きく報道された。

② 「甲野氏が利権ポストの建設政務次官を強引にもぎ取った」との部分について、政務次官人事には、衆議院議員の場合、一般に政務次官を二回経験し、一回は農林水産省、通商産業省、建設省等の主要省庁、もう一回は経済企画庁、科学技術庁、環境庁等の庁の政務次官を経験するという不文律があり、平成四年末の宮沢内閣改造の際、原告は、既に農林水産政務次官を経験していたことから、先例に従って科学技術政務次官に内定していたが、国家予算の相当部分を占める公共事業の元締めである建設省の政務次官にどうしてもなりたいとごね、建設政務次官に内定していた訴外渡海紀三朗と入れ替わったと伝えられている。なお、建設政務次官が「利権ポスト」といわれるのは、建設省が国家予算の相当部分を占める公共事業の元締めであるからである。

また、「和歌山二区は減員区からの危機感」との部分について、和歌山二区は、本件記事等発行当時、その定数が三名から二名となる減員区とされていた上、原告を含む三名の前職が保守系であり、うち別枠といえる県議員出身で三年連続当選の者を除くと、原告ともう一人の前職とのいずれかが圏外になる運命にあった。原告については、地元の後援会に関係していた女性の債務を保証して、歳費を差し押さえられる事態になり、また何かと社会問題化している団体や個人との関係も指摘されていたのであり、原告が危機感を抱くようになったのは当然である。

(2) 本件記事二の本文のうち、

① 「トラブルがらみ」との部分について、原告は、昭和五九年三月一三日の衆議院本会議で、五九年度予算採決の記名投票中、社会党の上田卓三代議士と口論し、そのネクタイを引っ張るなどの小競り合いをし、約五分間議場を騒然とさせ、自民、社会両党から懲罰動議が出される事態となった。また、原告は、昭和六〇年五月ころ、国会対策委員会に出席していたために、自分の選挙区に関係の深い半島振興法案の採決に参加できなかったことから、国会対策委員長室のテーブルに灰皿を叩きつけ、ガラスを粉々に割って悔しがって見せた。原告については、右以外にも、種々の武勇伝が喧伝されているほか、前記の明電工事件やテンプル大学経営問題等のトラブルとの絡みがみられる。

② 「ありゃ、政治家じゃなくて議員バッジをつけた商売人」との部分について、前記(1)①の諸事情に加え、原告は、平成五年一月二九日公開された平成四年一二月二六日現在の資産表によれば、家族名義のものを含めて合計六億四〇〇〇万円余、うち自己名義の株式のみで額面合計六億二七五〇万円の資産を有しており、政務次官中第一位となっている。また、平成五年六月三〇日公開された原告の平成四年度の所得は六六六七万円で、その内訳は給与所得は六一六一万円、その他の所得は五〇六万円である。

③ 「甲野が次官になったのは、温情ですな。減員区なのに悪い話ばかりじゃ選挙を戦えんからね」との部分については、前記(1)②のとおりである。

④ 「今回の申立を予想して、財産の名義を他人を換えただけでしょう」との部分について、前記のとおり、原告は多額の資産を有し、永田町に事務所を構え、一〇社近い会社を設立したほか、農林水産政務次官当時の資産公開では、三重県内の家屋と乗用車七台を有するとされていたが、今回は右資産が消えているのであるから、右記事は当然の疑問の表白である。

(3) 本件記事三のうち、原告が「歳費や家財道具を差し押さえられ、破産宣告の申立てをされ」「それを報じた本誌記事を名誉毀損だとして訴えた。」などとして、原告の資産状況や本件訴訟の経緯を述べた部分は真実であり、そのほかの記載は論評である。

(三) 真実と信じたことの相当性について

被告は、その取材記者において、原告及びBの代理人である各弁護士等への十分な取材を行い、それに基づいて、執筆記者において、本件記事一ないし三を執筆したものであり、記事中の事実摘示部分について真実と信じたことに相当な理由がある。

(四) 論評としての公正性について

(1) 本件記事一は「政務次官も債務問題と直結していたわけか」などと、本件記事二は「いずれにしても政務次官に、こんな実力者がなっていたのか」などと、それぞれ原告の政治活動、資産状況等を政治倫理に照らして論評するものであるが、原告は、国権の最高機関である国会の議員であり、国民の師表として尊敬されてこそ、その職責を果たしうるのであるのに、経済面においては、とかく世の指弾を受ける行為が多く、ついには破産宣告の申立てを受けることとなったのであり、右のように論評されてもやむを得ないところである。

(2) また、本件記事三は、本件記事一にかかる本訴名誉毀損訴訟に対する論評であり、報復記事でも誹謗記事でもない。原告がそのように本件記事三を受け取り、訴訟によって司法機関の判断を仰ぐことは、国会議員に要求される高度の政治倫理について無自覚であることを露呈するものであり、自爆行為と目されてもやむを得ないところである。

(五) 本件記事一ないし三の見出し並びに本件記事一及び三の各広告について

見出しは、それ自体完結的意味があるのではなく、限られた字数の枠内で、後に続く本文全体を包含する概括的表現を用い、正確かつ厳密な内容は本文に委ねて、そのテーマを簡略かつ端的に表示し、読者の注意を喚起して本文を読まさんとする意図を有し、その性質上、多少表現が誇張され、あるいは省略されることはやむを得ないところであり、一定の範囲内であれば許容されると解されるところ、本件記事一ないし三の各見出し並びに本件記事一及び三の各広告は、許容される範囲内の表現を用いたものというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件記事一及び二は、いずれも、衆議院議員であり政務次官に就任した原告が破産申立てを受けるなど経済的紛争の渦中にあるというその人格、識見を窺わせる行状についての事実を摘示し、これに対する批判、論評を行うもので、公共の利害との関係を有し、また、本件記事三も、右同様の問題についての事実の摘示及び批判、論評を加え、右のとおり公共の利害との関係を有する本件記事一についてこれを名誉毀損として損害賠償等を請求した原告の訴訟活動について事実を摘示し、批判、論評するものであり、これまた公共の利害との関係を有するといえる。

そして、本件記事一ないし三は、それぞれを全体として考察すると、主題を離れて原告の人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱しているということはできず、その内容が衆議院議員の政務次官就任に関するものであることに照らすと、週刊誌に掲載された本件記事一ないし三に当該週刊誌の販売を促進する効果があったとしても、専ら公益を図る目的により執筆、掲載されたものと解するのが相当である。

そこで、以下、本件記事一ないし三について原告の指摘する事実が原告の社会的評価を低下させるか否か、それが主要な点において真実であるか、真実ではないとしても真実と信じたことに相当な理由があるかどうかを検討し、その後に本件記事一及び三の広告の適否について順次検討することとする。

二  本件記事一について

(一)  本件記事一の本文は、原告がBから破産申立てを受けるに至った経緯及び双方の代理人の言い分を示す前半部分と、原告が「利権がらみの話しで、よく名前が取沙汰される」「そんなカネ、普通では作れるわけがない」などとする被告乙山のコメント(本文①)と、建設政務次官に就任した経緯について、原告が「強引さを発揮、利権ポストをもぎ取った」「歳費まで差し押さえられた上、地元の和歌山二区は減員区だし、危機感にかられたようです」などとする自民党担当記者のコメントからなる後半部分(本文②)とに大別することができ、その前半部分と後半部分との関連は若干曖昧ではあるが、末尾に「政務次官就任も債務問題と直結したわけか」とあることから、本件記事一本文全体を通読すると、利権絡みの尋常ではない方法によって分不相応に多数の事務所、秘書にかかる経費を捻出していた原告が、出身選挙区の減員問題だけでなく、歳費を差し押さえられた挙げ句に後に破産を申し立てられるような債務問題を抱えて危機感にかられ、これらの問題を解決するために、建設政務次官という利権を伴う地位に強引に就いた、との事実を摘示するものとの印象を一般読者に与えるということができる。

次に、原告は、「『破産・代議士』甲野太郎氏のそれでも『政務次官』」とする本件記事一の見出しが、一般読者をして、原告が既に破産宣告を受けているように誤解させるおそれがあると主張する。

これに対して、本件記事一を執筆した中田建夫(以下「中田」という。)は、その見出しの趣旨について、「破産」と「代議士」の語の間に「・」を挿入することにより破産と直結しないことを表し、さらに「破産・代議士」との語をかぎ括弧でくくることによって、多少の疑問付けであることを表現したと供述するところ(証人中田)、「破産・代議士」なる日常用語はなく、それのみでは趣旨が曖昧であるという限りにおいては、中田の右供述に首肯し得る点がないではなく、本件記事一の本文には、B側が破産申立てをしたとの記載はあるが、原告が破産宣告を受けたとの記述がされていないことも明らかである。

ところで、一般に、見出しは、読者が記事の内容を一目で理解するように付ける標題であるが、正確性を過度に要求すれば冗長となって一覧性を害することから、見出しに続く記事本文に対する読者の理解を誤導しない範囲内でのある程度の省略、誇張は性質上やむを得ないところであり、読者においても、見出しが右のような性質を有することを了解してこれを読むのが通常であると思われる。

しかしながら、一般読者において、破産申立てと破産宣告との法的効果が異なるとの認識が一般的であったかは疑問であり、右の見出しの性質を考慮しても、相当数の読者が「『破産・代議士』甲野太郎氏のそれでも『政務次官』」との表現から破産をした代議士がそれでも政務次官に就任したとの意味合いに理解したとしてもやむを得ない表現であったと認められる。(なお、被告会社は、本件提訴を受けた後の本件記事三では、リード部分において「破産申立てをされた」と正確な表現を採用している。)

そうすると、本件記事一は、原告の社会的評価を低下させるものであるといわなければならない。

(二)  そこで、右(一)でみた本件記事一に摘示された事実について、右事実が真実であるか、また、真実ではないとしても真実と信じたことに相当な理由があるかどうかを検討する。

(1) 本件記事一に関する取材の経過は、以下のとおりである。

① 前記中田は、平成五年一月三〇日の読売新聞、朝日新聞及び毎日新聞に、原告の資産が株式ばかりで額面約六億三〇〇〇万円であり、政務次官の中では最も高額であるのに、Bから議員歳費の差押えを受け、さらに破産宣告を求められている旨の記事が掲載されたことから、この件について取材しようと考え、これを週刊新潮のTEMPO欄編集会議に諮り、柳山を補助的な取材記者とし、中田は原告代理人である樋口弁護士、自民党担当の政治記者、被告乙山を、柳山はB代理人野本弁護士をそれぞれ取材することとした(乙二の一・二、三の一・二、四、証人中田)。

② 中田は、平成五年二月一日午後八時ころ、樋口弁護士の自宅に電話をし、同人から、破産申立てを受けるに至った事情を聞いたが、その際、さらに詳しい説明をしたいので事務所に来てほしいとの強い要望があったにもかかわらず、締切りまで時間がないとしてこれを断った。そして、中田は、樋口弁護士の要求により、翌二日午前七時ころ、そのコメント部分のゲラ刷りを同人に電話で読み聞かせたところ、同人からもっと詳しく書くべきとする指摘を受けたが、原稿の字数と締切りまでの時間との関係で書けないと応じた(証人中田)。

③ 中田は、平成五年二月一日、被告乙山にも電話で取材をし、同人から原告について「利権がらみの話が取りざたされる」旨の話しを聞いた。

中田はこの点について、昭和六三年七月一四日号の「週刊文春」で、いわゆる明電工事件の中心人物とされるD元相談役から原告が関係する政治団体への寄付や総額二〇〇〇万円の裏献金がなされたことを内容とする記事が掲載されていたこと(乙一〇)、同年七月号の月刊「宝石」で、右Dが、原告に対し、昭和六〇年ころから六二年にかけて、会費等の名目で五六四〇万余円を渡している旨の記事が掲載されていたこと(乙一一)、平成三年五月一七日朝日新聞朝刊で、約五五億円の株売買益を隠していたとされる「地産」のE元会長がダミー会社七社を使って、仕手集団「光進」と株式の相対取引をしていたが、右七社のうち、二社に原告が役員として登記されていたこと等を内容とする記事が掲載されていたこと(乙六)、右EがBのオーナーであることから、被告乙山の「利権がらみで取り沙汰される」という話に信憑性があると判断し、それ以上、被告乙山の話の裏付け取材をしなかった(証人中田)。

④ また、中田は、右取材の際、被告乙山から「原告がいくつも事務所を持ち、大勢の秘書を抱えている」旨の話を聞いたが、この点について、昭和六〇年一一月二八日号の週刊新潮において、「自民党『甲野代議士』の金脈―秘書数“日本一”の一年生議員―」という見出しで、原告には一年生議員ながら五〇人以上の秘書がおり、事務所も地元和歌山のほか東京、大阪、名古屋と計一一か所あり、秘書の給料だけで月に一〇〇〇万円を軽くオーバーしてしまう計算となるが、これについて原告が「秘書が多いのは、政策と選挙に強くなりたいためで、厚生や教育、建設など各分野のスタッフがいます。経費は和歌山県だけで年間七千五百万円ほどですから、全体で二、三億円になるでしょうね。」等と語る記事が掲載されていたこと(乙七)等から、被告乙山の話に信憑性があると判断したが、中田が取材した時点では、原告に何人の秘書がいるかについては調べなかった(証人中田)。

⑤ さらに、中田は、被告乙山から、原告について「政治理念よりカネが先行しているという印象を受ける」旨の話しを聞いたが、この点について、フライデー平成二年六月一日号の記事「ニッポン国『金満』政治家列伝」で原告が取り上げられた際、右記事の中で原告の関連会社として国際貿易金融株式会社、株式会社テンプル・ニッポンほか九社が挙げられていること、右テンプル・ニッポンが経営するテンプル大学JAPANの初年度納入金だけで一一億三四〇〇万円の収入になること等の記載があること(乙一二)、前記明電工事件や地産と光進の相対取引に関係して原告の名前が出てきていること等から信憑性があると判断し、それ以上裏付け取材を行わなかった(証人中田)。

⑥ 中田は、原告が農林水産政務次官に引き続いて建設政務次官になった経緯について自民党担当の記者から、建設政務次官というのは選挙民に非常にアピールするポストであること、原告の地元の和歌山二区は三名の定数が二名になる減員区であって、破産宣告の申立てや差押えがなされて地元で騒がれている代議士としては、自分の選挙を有利に運ぶために右ポストに固執したこと等の話を裏話として聞いた。中田は、右記者以外から原告の政務次官就任に関する話を聞かなかったが、そのころに刊行された「財界展望」平成五年三月号に、政務次官人事について、衆議院議員の場合は当選二回か三回の議員が二回の政務次官を経験する慣行になっていること、そのうち一回が大蔵省、農林水産省、通商産業省、建設省などの主要な省について、他の一回が経済企画庁、環境庁といった庁の政務次官を務めるのが不文律になっていること、平成四年の宮沢改造内閣の発足に伴う政務次官人事については、当選四回の柿沢弘治氏が外務政務次官に就任したという例外のほかに、もう一つの例外として、原告が農林水産政務次官に続いて建設政務次官になったこと、その事情として宮沢派関係者の「甲野太郎サンは科技政務次官に内定していたが、どうしても建設政務次官になりたいとゴネたんですよ。それで建設政務次官に内定していた渡海(紀三郎)さんと入れ替わったわけです。……甲野太郎さんのほうは減員区(和歌山二区)になるというので相当の危機感を持っているみたいで、梶山幹事長も折れたようですよ」というコメント等が記載された記事(乙一五)を見て、右記者の裏話に信憑性があると判断した(証人中田)。

⑦ 以上の取材と資料に基づき中田は本件記事一を執筆した。

(2)  本件記事一は、前記(一)のとおり、あたかも原告が破産宣告を受けたかのごとき見出しの下に、利権絡みの尋常ではない方法によって分不相応に多数の事務所、秘書にかかる経費を捻出していた原告が、出身選挙区の減員問題だけでなく、歳費を差し押さえられた挙げ句に後に破産を申し立てられるような債務問題を抱えて危機感にかられ、これらの問題を解決するために、建設政務次官という利権を伴う地位に強引に就いたとの事実を摘示するものであるが、原告がBから破産の申立てを受けたこと、減員区のため危機感を覚えたこと及び建設政務次官の就任を希望したこと(原告本人の供述により認められる。)は、真実であったと認められるものの、原告は破産宣告を受けていたわけではなく、その余の事実については、以上認定のとおりの中田の取材、執筆経過やその他の本件各証拠を検討しても、真実であるとまでは認定し難い。また、被告会社は、原告の代理人樋口弁護士から、Bとの債権債務関係については資料を呈示するから事務所に来られたいとの強い要望を受けたにもかかわらず、締切りまでの時間がないとの理由で、電話による取材をしたのみであり、原告といわゆる明電工事件や「地産」との関係等が他誌で取りざたされたというだけでは、前記摘示事実が真実であると信じたことに相当な理由があるとも解されない。そうすると、原告がBからの破産申立てを受けたことなど、一部事実に沿う記載もあるものの、本件記事一は、その摘示する事実が主要な点において真実であるとは認め難く、また、真実と信じたことについて相当な理由も認められないから、被告会社は本件記事一全体に関し、原告に対する名誉毀損としての責を負うというべきである。

(二) 次に被告乙山に対する請求については、被告乙山のコメント部分(本文①)が同被告の不法行為責任を構成するという原告の主張は必ずしも明確ではないが、電話による取材過程における被告乙山の言辞がどのようなものであったかを明確ならしめる的確な証拠はなく、また、被告乙山の知名度についても、原告自身もその氏名を知らないと供述している者であり、同人の実際の言辞は本件記事一(紙数にすると一頁弱)の限られた字数のなかで、被告会社の処理方針に従って、同社の責任において編集され、本件記事一の他の部分と一体をなすもの、すなわち、一構成部分として記載公表されたものと解されるから、右コメント部分については、被告乙山に独自の不法行為責任が生ずるものとは解し難い。したがって、被告乙山に対する請求は理由がない。

三  本件記事二について

(一)  原告は、本件記事二のうち「トラブルがらみ」「甲野が次官になったのは、温情ですな。減員区なのに、悪い話ばかりじゃ、選挙を戦えんからね」との記載(本文①、②)が原告の名誉を毀損すると主張するが、「トラブルがらみ」については、その一語のみでは、読者において、どのような態様の紛議に原告が絡んだというのか理解することができず、原告への社会的評価を左右することはないと解するのが相当であり(なお、前記第二の二(被告の主張)2(二)(2)①の記載のいわゆる武勇伝を読者が想起するとすれば、右はおおむね真実であり(原告本人)、また、そのことが原告にとってその評価を低下させるものとも認め難い。)、また、政務次官就任が温情かどうかについては、一般的には、人事任命者による主観的評価が多分に入り込むことは避け難いことであり、これを「温情」と評されたからといって、直ちに原告の名誉が毀損されたとはいえない。

さらに、原告は、本件記事二に掲載された原告及びAの写真によって、あたかもAが原告の愛人でもあるかのように誤解を受けると主張するが、記事のレイアウトからはそのように判断することはできないし、また、記事中にもAと原告との交際を窺わせる記載は一切なく、本件記事全体の趣旨からもそのような印象を与えるとは認められない。

(二)  しかしながら、本件記事二(右(一)の部分を除く)の趣旨は、原告は、次々と会社を興して資産五〇億円ともいわれ、政治家というよりも商売人というにふさわしいものであったのに、政務次官就任後に公開された「次官の資産」では、関連会社の株式六億三〇〇〇万円のみが資産となり、不動産、定期性の預貯金は零となっているが、これは、Bによる議員歳費差押え、破産宣告申立てに対抗し、財産隠しとして名義を他人に換えただけであるとするものであり、これが原告の社会的評価を低下させることは明らかである。

(三)  そして、右のような財産隠匿行為について、これが真実であると認めるに足りる的確な証拠はない。また、本件記事二を執筆した岩坂朋昭は、主として、原告が農林水産政務次官のときの資産公開では、原告の実家である三重県鵜殿村に原告名義の土地建物があり、また、自動車も保有するとされていたのに、建設政務次官のときには、これらが原告の名義となっておらず、株式だけが資産となっていること、また、フォーカス平成四年七月三一日号では、Bが原告に破産宣告の申立てをすることも考えているとの記載があったのであるから、右資産公開がされる平成五年一月の前の段階で右不動産等について名義を移したことは明らかであると考えたが、右公表された資産について、原告から事情は聞かなかったというのであり(証人岩坂)、真実と信じたことに相当な理由があるとも解されない。

したがって、被告会社は、原告に対し、本件記事二についても右の限度で名誉毀損としての責を免れない。

四  本件記事三について

(一)  本件記事三は、「『甲野』政務次官の名誉毀損『訴訟』は自爆」との大見出し、政務次官が差押えを受けて破産の申立てをされたのであれば道義的にもその資格が問われるのは当然であるのに、原告は本件記事一が名誉毀損だとして訴訟に及んだが、むしろ原告が破産の申立てを受けたこと自体が自らの名誉を傷つけたのではないかとするリード部分に続き、週刊新潮が、本件記事一により、破産の申立てを受けるような人物が政務次官として相応しいかどうかを指摘した(本文①)ところ、原告が本件訴訟を提起したが、週刊新潮側が問題にしているのは、政治改革が叫ばれているなかで政治家の倫理がいっこうに省みられていない点(本文②)であるとし、原告がAの連帯保証人となったことについて、Aが原告の支持者というだけでは理解しがたいほどの便宜を図ったようにも思えるとする第一段(本文③)に続いて、「全く男らしくない」との小見出しに続き、B代理人の前記野本弁護士の談として、原告が、右連帯保証債務について、当初は金額を五億円に減らして分割払いすることをBと合意し、一部は履行したのに、後になって半額にまけてほしいと言い出すなどしたのは、全く男らしくないとする第二段(本文④)、Bが原告の議員歳費と事務所の家財道具の差押えをしたが、テレビや冷蔵庫に赤紙を貼られていることは、国権の最高機関の一員である者にとって名誉なことではない(本文⑤)とした上で、原告代理人の談として、Bは、十分な担保をとるよう原告から頼まれていながら、担保物件に抵当権をつけるのが遅れ、後順位抵当権しか得られなかった過失があるので、決着がつくまで一〇年かかるかも知れないが原告が負けるはずがなく、破産申立てについても原告は債務超過の状態になく、破産申立てはBの嫌がらせであるなどというコメントを紹介し、さらに、債務の存否等は判決が出るまで分からないが、一般の国民と代議士とでは立場が異なり、連帯保証人となった結果差押えや破産の申立てを受けたとなれば、それだけで有権者の信頼を裏切ったことになるのに、法的に決着がついていないからと道義的責任すらも回避する原告の姿勢自体が自らの名誉と信頼を傷つけているとしかいえないとする第三段(本文⑥)、及び、「首相の責任」との小見出しに続き、原告が政務次官就任後週末毎に地元で就任祝賀パーティーを開くなど政務次官就任の事実を宣伝しているが(本文⑦)、秦野章元法務大臣の談として、政治家の道義的責任には基準がないものの、こと金に関しては一般市民以上の厳しさが必要なのに、民事上の規範からすら外れて破産の申立てを受けるというのでは、政治家として駄目であるとの趣旨のコメント(本文⑧)を紹介し、原告が右秦野の指摘する一般市民と政治家との違いを理解していないように思える(本文⑨)とした上で、原告にはいろいろと噂があり(本文⑪)、国会の場で論議すべきだとする楢崎弥之助代議士のコメント(本文⑩)を引用し、最後に、政治倫理という点でいささか問題のある原告を政務次官に就任させた宮沢首相の責任は極めて重いし(本文⑫)、自らの非は棚に上げて名誉毀損で訴えたことは、原告の「自爆」につながりかねないとする第四段(本文⑭)からなる。

すなわち、本件記事三は、原告が破産の申立てを受け、これに関して公にされた本件記事一について名誉毀損として本件訴訟に及んだ経緯についての事実を摘示するとともに、自らの意見表明として、あるいは、他者のコメントの形をとり、「『甲野』政務次官の名誉毀損『訴訟』は自爆」「そのような人物が政務次官として相応しいか」「代議士の支持者というだけでは理解しがたいほどの便宜を図ったように思われる」「全く男らしくない」「法的に決着がついていないからと道義的責任すらも回避してしまう。そうした姿勢は、甲野氏自身が自らの名誉と信頼を傷つけているとしかいえない」「政治倫理という点でいささか問題のある人物」などと、被告会社なりの批判、論評を加えるものであり、全体としては、原告の社会的評価を低下させるものということができる。

(二)  しかしながら、右のうち、本文⑩は国会で論議すべきとするものであり、⑫は直接的には宮沢首相の姿勢を問題としたもので、直ちに原告の名誉を毀損するものとはいい難いし、また、「名誉毀損『訴訟』は自爆」とする部分(見出し①)は「自爆」の趣旨が判然としない上、右訴訟の一方当事者である被告会社の見解を表明したに過ぎないことは容易に理解できるものであるから、これも直ちに原告の名誉を毀損することになるものとは解し難い。また、原告の指摘する本件記事一の一部が縮小されて掲載されていることについては、その掲載部分が縮小された本件記事一の一部であって、原告が名誉を毀損すると指摘する本件記事一本文②及び③は掲載されておらず、本文①も部分的な掲載にとどまりその要旨の把握さえ困難であるから、「『破産・代議士』甲野太郎氏のそれでも『政務次官』」の見出し部分が問題となるが、本件記事三の本文においては、本件訴訟提起を受けて、「破産申立てを受けた」との趣旨を明確にして記述していることから、これにより一般読者をして原告が破産宣告を受けたものと誤解させるおそれは乏しいということができる。

(三)  そして、その余の部分については、原告は、AがBから五億五〇〇〇万円という多額の融資を受けるにあたってAにBを紹介し、その連帯保証人となったこと、ところがAが失踪し、Bから保証債務の履行を求められるようになって、一旦は債務弁済契約を成立させたものの、その後、右契約がBの強迫によるものとして効力を争っていること、また、Bが原告の議員歳費や事務所等内に動産の差押えを行ったほか、破産申立てに及んだことは前記第二の一4のとおりであり、さらに、証拠(甲三、一一、一二、乙一九、証人町井、原告本人、)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、その要求にもかかわらずBには担保保全措置を遅らせた重大な過失があるとして、保証契約の効力を争い、Bに対して債務不存在確認訴訟等を提起しているが、保証債務の存否自体については未だ判決が下されていないこと、原告は建設政務次官就任で地元でたびたび就任パーティーを開催していたこと、また、本件記事を執筆、編集するに先立ち、被告会社の担当記者四名において、原告、原告代理人、Bの代理人、秦野元法務大臣等への取材を試み、原告からはコメントをとれなかったが、その余の者のコメントはおおよそ正確に本件記事に引用されたことがそれぞれ認められる。

(四) そうすると、本件記事三(右(二)の部分を除く)については、摘示された事実が主要な点において真実であるというべきであり、かつ、右の事実に基づいて、破産申立てを受けたことそれ自体が政務次官としての適性を疑わせるとの観点等から前記のとおりに批判、論評を加えることは、批判等としての相当性を欠くとまではいえない。

なお、本件記事三が原告の裁判を受ける権利を侵害するものでないことは明らかであるし、また、日本の著名なマスメディアである被告会社が数十万部の発行部数を有する自社週刊誌において、被告会社自身を訴えた原告の訴訟が「自爆」であるとの指摘を大見出しとする編集方針をとったものであるが、被告会社において、専ら、原告の本訴提起に対する報復として右記事を掲載したと認めるに足りる証拠はない。

五  本件記事一及び三の広告について

本件記事一及び三の広告は、それぞれの見出しをそのまま使用したものである。

ところで、広告は、その広告にかかる雑誌、新聞を購入し、記事を閲読する機会をもたない不特定多数の者の目にも触れるのであり、そのような者にとって、広告は、記事本文から離れた別個独立の事実摘示なり批評、論評なりの表現方法として受け取られることもあり得るが、他方において、広告には省略、誇張が多くなされ、これのみによっては記事本文の内容を正確に把握することができないとするのも一般の共通認識であると思われる。

そして、本件記事三の広告については、その文言のみでは、原告が名誉毀損訴訟を提起していることは理解し得るとしても、「自爆」の趣旨が判然とせず、これにより原告の社会的評価が低下するものとは認められないし、また、本件記事一の広告についてみると、これには「『破産・代議士』甲野太郎氏のそれでも『政務次官』」との文言が太字で記載されており、これを見た人々の相当数は原告が既に破産宣告を受けたものとの印象を受けたことは否定できないとしても、前記のような広告の性格からすると、それによる名誉毀損については本件記事一と一体として判断すれば足りると解される。

六  原告の損害等について

本件各記事の掲載が衆議院解散と噂される年になされ、掲載後、現に選挙がなされたこと、本件記事等の内容が対立候補に利用されたこと(原告本人、弁論の全趣旨)、他方、本件記事一は一頁弱のロビー記事であること、本件記事等において、Bとの経済的紛争についての原告の言い分はその代理人のコメントとしてある程度掲載されていること、本件記事等の掲載、発行によって原告が落選したと認めるに足りる証拠がないことなど諸般の事情を考慮すると、被告会社の本件記事一(その広告も含む)及び二の掲載、発行によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円が相当であり、原告の名誉回復措置については、原告が請求するような謝罪広告を掲載する必要があるとまでは認められない。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告会社に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年三月一六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があり、被告乙山に対する請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官石橋俊一 裁判官山﨑栄一郎)

別紙一〜三〈省略〉

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